「参ったな」 「そうね」 視界は灰色に遮られ。 身体は瓦礫に板挟み。 感じるは僚の吐息とコンクリートの熱だけ。 「参ったな」 「そうね」 このやり取りは先程から数えてだろう。 「どうする?」 「どうするって・・・」 ことの発端は数時間前。 いつも以上に着飾り現れた冴子さんに半ば強制的に連れ出されたあたしたちは、事情もろくに知らされぬまま高層ビルへと導かれた。 あたしは真紅のカクテルドレス、僚は黒のタキシード。 ドレスコードの設けられた盛大なパーティー会場で辺りを見渡せば、どこかで見たことのある顔がちらほらいたりして。そんないかにも裏がありそうな雰囲気に、豪華な食事に気を取られつつも「また面倒な仕事を押し付けられるのかしら」と呟いてみれば見事に予感的中。会場にそぐわない格好をした人間が数十名、なだれ込んで来た。 咄嗟に辺りを見回すが、いつの間にか冴子さんは消えていて、まあ、これは毎度のことなのだけれど。 向こうで美女の尻を追い掛けまわしている男も、然り。 「大人しくしたまえ」 がたいのいい男が一人そう言うや否や、数名が会場内に今や私には馴染みのあるものを設置していく。 ―プラスチック爆弾。 目測だけでもわかる、ビル一つ破壊するのには十分すぎる量だった。 「まぁた、冴子のやつ」 「僚」 先ほどまで美女の尻を追い掛けていた男は、いつの間にやらシャンパン片手に佇んでいる。 しかしそれは赤くなった左頬のせいで台なしだ。 「まあ仕事が早いこと。俺ら共々ビルを吹っ飛ばそうってか」 「そんな!なんで、」 「おい、そこの二人。黙れ」 面長の男にライフルを突き付けられて、一先ずはされるがままに会場の隅へと追いやられた。 「早くなんとかしないと」 「んなこと言ったって、ご丁寧に会場中に仕掛けられてんだぜー?下手に動いて装置を起動させられたらこのビル共々粉々になっちまう」 「じゃあどうするのよ!」 「んま、気長にその時を待つんだな」 「な・・・」 「大人しくしてな」 「わかったわよ」 「あ?」 「私がやるわ!」 「・・・香?って、おい!」 それでなくても、最近珍しく立て続けに依頼が舞い込んで心身共に疲弊しているというのに。 満足に寝られていないこの状況で、疲労もピーク。こんなところで瓦礫の下敷きになるだなんてまっぴら御免だわ。もう、我慢ならない。 僚が背後で何か言っていたようだけれど、頭に血が昇っていた私には聞こえていなかった。 「なっ、なにをしている!戻れ!」 「うるさいわねぇ」 「早く戻らねえか!」 「ちょっと黙りなさいよっ」 蹴り上げたピンヒールの踵が鳩尾にクリーンヒット。男は情けなく呻き声をあげると、その場に倒れた。 「あーらま」 うちの香さまはどうやらご立腹らしい。 暫くの間高みの見物をと思っていたが、騒ぎを聞き付けた数人が香に気付き襲い掛かった。 「ったく。世話のかかるヤツ」 怪我でもされちゃたまんねぇ。 「さて、と。りょうちゃんも実力行使といきますか」 「な、なんだお前は!」 「はいはーい、君達は眠っててねー」 「おとなしくして・・・うぐっ」 大げさな武装の割にはあっさりと片付いていく。俺たちの存在に気付いたのか、にわかに会場内がざわめき始めた。 「うう撃つぞ!」 「いいよん。どうぞお好きにー」 「ち、畜生っ」 「大人しくしてろよ」 最後までぎゃあぎゃあと喚く男を一ひねりで黙らせると同時に、足元にめりこむ弾丸。 遅れて耳をつんざく銃声がこだました。 「これはこれは。何事かと思えば天下のシティーハンター殿ではありませんか」 構えたオートマチック銃を下ろし、卑下た笑みを浮かべる男。その傍らには見覚えのある女が一人縛り付けられていた。 「こんなに大胆に入ってきて、相当な目立ちたがりのようだな」 「プロのスイーパーとあろう者がこんなところで優雅な食事かね?」 「そんな優雅なもっこりパーティーをぶち壊したのは、ドコのどいつだろうな」 「ふん」 「そんなんだともっこりちゃんに嫌われるぜぇー」 「黙れ!女に現を抜かしているやつに言われる筋合いはない」 「で?俺の連れをそんだけぞんざいに扱って貰っちゃ困るんだが?」 未だ抵抗を見せる香から視線をあげ、睨みをきかす。 「ふん・・・裏社会ナンバーワンのお前が、こんなお荷物を手元に置いておく意図が掴めんな」 そこで香は弾かれたように男を突き飛ばした。 不意をつかれ男は倒れ込む。 「っ、香?!」 「確かにお荷物だわ!でも、私だってただ捕まるだけの腑抜けじゃないわよ!」 「あんの馬鹿・・・っ!」 仕込んだカミソリでいつの間にか拘束を断ち切った香は、近くの銃に手を伸ばした。 果たして男が銃口を香に向けたのが先か、俺がトリガーを引いたのが先か 「う、ぐあぁあああ」 弾き飛ばされた銃が放物線をえがき、床を滑る。飛び散る飛沫が赤い絨毯を更に色濃くした。 「りょ、う」 「香、早くこっちに来い」 「・・・ああ、う、うん」 蹲る男の横を香が足早に通り過ぎる。今やピクリとも動かないところを見ると、きっと気絶をしているのだろう。あいつの負った傷は決して致命傷ではないが、戦意を削ぐには十分だと判断した。
今回は大きな怪我もなくあっさりと片付いたから良かったものの、香に危険が及んだことに変わりない。今頃この屋外で大勢の応援と共に待ちわびているであろう女豹に文句を垂れながら、階段を駆け降りる香からふと再び視線を男に戻すと、ヤツは音もなく銃に手を伸ばそうとしていた。 ―しまった、気を抜いて気配に気付けなかった そう思っているうちに男が銃を構える 危ない。 「香!!」 轟く銃声 散る赤茶の髪の毛 銃弾は香の頭を掠って会場の隅 ―“それ”にめりこんだ 「伏せろー!」 銃声とは比べものにならない程の爆音と熱風が襲う。俺は無我夢中で香に手を伸ばした。 細い腕を掴んだその瞬間、足元がぐらりと歪んだ 「他の人達、大丈夫かしら」 「どうやら幸い崩れたのは俺らの周りだけのようだし、軽い火傷はあっても命に関わるようなことはないだろう」 「そっか」 「冴子さん、見つけてくれるかな」 「ああ、今度は大人しく待ってろよ」 「ふふっ」 「なんだよ、そもそもがだなあ、こうなったのはお前の―」 「なんか」 「あぁ?」 「綺麗なドレスやタキシードを着ても、結局はボロボロで煤だらけになって瓦礫の下敷きになるの、すごく私たちらしい気がしない?」 「・・・」 はじめは私が何を言っているのか解らないといった顔でキョトンとしていた僚も、意味を理解したのか「ふっ」と優しい笑顔を浮かべて私の頭をくしゃりと撫でた。 「確かに、俺ららしいかもな」 『お二人共、ご無事ですかー?』 瓦礫の隙間から光が差し込んだ。
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