ゆらり、ゆらりと身体が揺れているのに気が付いて、あたしは目を覚ました。
起きぬけのぼんやりとした意識の中、霞む目を擦る。
衣服越しに少しずつ染みてくる温かさのあまりの心地好さに、再び睡魔が襲いくるのをなんとか振り払って、体勢を立て直すため手元の赤いTシャツを掴んだ。あたしは僚の腕に抱えられていた。
「お、目ぇ覚めたか」
ひどく優しい顔をした男と目が合う。
口を開くのも億劫でそのまま身を委ねていると、しばらくして見知ったベッドの上に落とされた。
「あれほどリビングで寝んなって言ったのによ」
「りょ、う?・・・いま、何時?」
「朝の4時すぎ」
「いつの間にか寝ちゃってたんだ・・・ごめん。それと、僚、お帰りなさい」
「おう。急いで帰ってきたぜ」
先程に比べれば幾分スッキリとした頭で、前にいる男に向き直る。
へへへ、と笑う男を改めて見返せば、ジャケットはぼろぼろ、顔にも煤が付いていて、見るからに疲労が全身から滲んでいた。
あーあ、また派手に立ち回ったわね、こりゃ。
どこかケガはしてないかしら?

「腕の所をちょっとかすっちゃってるけど、この程度なら大丈夫ね。一応消毒しておこうかしら?」

丁寧にぐるっと見渡して特に目立った外傷はないことに安心する。気を抜いたところに不意に体重をかけられ、反応が遅れて二人一緒にベッドへ倒れ込んだ。
「僚っ!?ちょっと、やめなさいってば!」

・・・。
・・・・・・。

「りょお?」
その次の行動によってはハンマーを出そうかと思ったのだけれど。
身構えるも、いつものようにいやらしくその大きな手が身体をはい回ることもない。不信に思って何の応答もない重たい身体をずらせば、こちらも幸せになるような安心しきった顔でぐうぐうと寝息を立てていた。

ほんと、黙ってればいい男なのに。

むしろどこか幼さの残るその無防備な姿に、人知れず笑みが零れる。

「お疲れ様。おやすみ。」

***

夕方。
お祝いにと、しこたま食材を買い込んで帰宅した。
途中キャッツに寄った際に貰った、小さなホールケーキも一緒に。

「こんな時間まで何してたんだよ」

リビングには、シャワーを浴びたのだろうか、タオルを首に掛けてこざっぱりとした僚が愛読書片手にコーヒーを飲んでいた。
「今日の夕飯の材料を買ってきたの。」
「あっそ。僚ちゃんもうお腹ぺこぺこ〜」
今年もこうして一緒にこの日を過ごせることに、ささやかな、いや、大きな幸せを感じる。
何時にもまして腕を振るった数々の料理たちは、あっという間に僚の胃袋に収まっていった。


「はあー。もうお腹いっぱい!」
「お前、ちょっと飲み過ぎなんじゃねぇの」
「そんなことないよーふふふ」
僚が珍しく二人で飲もうなんていうから、ついつい飲み過ぎて。
今日の主役を差し置いて、満腹感も相まってかいい感じに出来上がっていた。
だってほら、なんか僚までもあたしを見て幸せそうなカオしてるのよ。なんだかんだ言いながらしっかり空のグラスにお酒を注いでくれちゃったりしてさ。
もしかしたらあたしの思い違いかもしれないけれど、それでもいい。
あたしの隣で優しく見下ろす視線が、その証拠。

いつの間にか背に回っていた逞しい腕に抱き寄せられて、あたしは僚の肩に頭をもたれ掛ける体勢になる。
雰囲気もいいし、なんかちょっと本当の恋人同士みたいじゃない?なんて舞い上がって、次の瞬間には頭から湯気を出すくらいの激しい照れに襲われた。
やだやだ、なんかあたしたちじゃないみたい!
やっぱり今日の僚は変だわ!
顔を逸らした僚と目線だけあって、それに照れ臭そうな表情をした僚は、ひとつ大袈裟に咳ばらいをしてあたしのグラスを取り上げてしまった。

「ほら、その辺にしとけ」
「やぁだ、まだ飲む!」
「だめ。はいはい、片付けだ片付け」
「リョウのけちぃ」
そこでちょっと正気を取り戻して、今日は僚の誕生日なのに、かえって気を遣わせてしまっているのではと不安になる。
「ほら、立てるか?」
「うん、大丈夫。」
そう言いながらも足元がフワフワしているあたしを見兼ねて、僚も一緒にキッチンまで空の食器を運ぶ。こんなことは滅多にない。
そういえばケーキもあったんだと思い出して、ローソクを取り出すため手を伸ばしたキッチン棚の奥で、ガサリと紙袋に触れた。

「あ、」

すっかりその存在を忘れていたあたしは、けれど瞬時に紙袋の中身を思い出して、慌てて棚の戸を閉めた。

「何なに、香ちゃん。どうせ後で着るんだから、今出しといたら」
「えっ」
「ほい」

しれっとそれをあたしに渡して、「んじゃ、俺先に部屋に行ってるから」と僚は颯爽とキッチンから出ていった。

「ちょ、ちょっと僚!」

まだケーキが・・・って、そんなこと言ってる場合じゃないわよあたし!
先程までの高揚感はどこへやら。
今にも破れんばかりに、全身の血管が脈打つ。 手に持つ紙袋が急に重たく感じて、その場に座り込んだ。


***


とりあえず落ち着く為に入ったお風呂も一通り身体を洗い終え浴槽に入るとあっという間に逆上せてしまい、早々に出ることになった。


「僚・・・」
そして意を決して開けた僚の寝室。
ベッドサイドで煙草を吹かしていた僚はこちらを一瞥すると、パジャマ姿の私にわかりやすく落胆の色を示した。

「あっあの、やっぱり着なきゃだめ?」
「ダァメ」
「この変態!!」
「元はと言えばおまぁが言ったんだろ。ほら、もう23時だ。早くしろよ」





酔いからか、それとも風呂上がりだからか、いつものパジャマから覗く香のその白い肌は、よく朱く染まっていた。
滅多にお目にかかれない香のセクシーな下着姿もいいが、本当の事を言えば、今のその様子だけでも、俺の情欲を掻き立てるには十分だった。 本人には口が裂けても言わないけれど。

「じゃあ、あの、着替えてくる」
「ああ」

照れから更に朱く染まった香に、待ちきれないとばかりにドクドクと血が沸いた。


「お待たせ」

少ししてから、ひょっこり顔をだした香。
いくら促しても部屋の中に入ってくる気配が無いのにじれったくなって、ドアの向こうから少々強引に引き入れる。

「きゃあ!ちょ、ちょっと」

ごくり。
無意識のうちに生唾を飲み込んだ。

「やだ、そんなに見ないでよ」

上目遣いで、胸元を隠すように自分を抱きしめて頬を赤く染める様子に、それは計算か?と疑いたくもなる。

「みっ、見るだけだからね!変なことしないでよ!」
「変なことってお前・・・んーまぁ、まあまあでない?」

ついいつもの調子で口をついたその言葉に反応した香は、眉尻を下げみるみる表情を曇らせた。

「やっぱ、あたしには似合わない?」

おいおい。
もっと自分に自信を持てっちゅーの。
これまでの自分の香に対する扱いを棚に上げといて言うのもなんだが。
香をベッドに座らせ、自分も隣に座って向かい合う。

「勘違いすんな。さっきのは褒め言葉だと捉えてくれていいぞ」
「りょ、んっ」

すくい上げるように唇を合わせて、潤んだ瞳が閉じられるのを合図に舌を滑り込ませる。

「んっ、はあ」
「香」

裾から手を滑り込ませて、脇腹を擽る。
舌はしっかりと絡めとって、味わうことを忘れない。流れ込んできた香のそれは、普段はしない酒の甘い香りがして、更に俺を酔わせた。

「はぁ・・・りょ・・・」

なだらかな双丘の頂きはこれだけですっかり主張をし始めていて、押し上げられたシルク素材の布にはライトに照らし出された陰影が浮かび上がっている。
舐めるように見下ろしながら思わず唇を滑らせて、適当な所で強く吸った。
続けてチクリ、チクリと跡を残しながら下へ移動する。
身をよじって逃げの体勢をとろうとする身体をしっかりとベッドに縫い付け、胸元へと手を滑らせる。

「・・・なんだ、香も興奮してるんだ。いつもより」
「やっやだ!」
「嫌じゃないだろ。こうされるのが好きなくせに」
「んんっ!」
「ふっ、強くされて感じてやんの。」

香チャンのエッチ、と茶化せば、顔を真っ赤にして抵抗を見せる。
ああたまんねえな。この強気な目。
もっとも、そんな反応も俺の諧謔心を煽るだけなんだが。

「りょう」
「どうしてほしい?優しい方がいいのか?それとももっと強く?」
「あっ、ん、き、聞くなバカっ!」

強弱をつけながら左胸を弄び、同時にもう片方を口に含む。
軽く噛んでやれば忽ち一際高い声が上がり、たわわな丘がふるりと震えた。

「は、・・・っ」
「やらしい顔」
「や・・・見ないで」
「隠すな。もっとよく見せろ」

左手はそのままに、右手を尚も下へと移動させる。
触れるか触れないかの微妙なタッチで脇腹、腰、太股へと撫で下ろし、一度内股を掠めてやる。 真っ赤な布に隠された柔肌を露にすると、白い肌へ朱い華を落とした。

「僚、あたしもう」
「何だ?口に出して言わなきゃ分からんだろ」
「いじわる」
「ん?次はどこを触ってほしいんだよ?」
「・・・っ」

すっかり快感に毒され、女の色香の漂う顔で睨みつけられる。
香のこんな表情も俺しか見ることができないのかと思うと、堪らなく興奮した。

「あんた、今最低に嫌な顔してるわよ」

少しずつ、少しずつ、ポイントを外しながら触れていると、とうとう香が折れた。

涙の滲む目尻を赤く染めて精一杯のイヤミを言う。そんな可愛らしいイヤミならば幾らでも受けいれよう。
痺れを切らしておずおずと俺の右手をとると、快感を待ち侘びるそこへと自ら誘導していく。今日はいつになく素直で正直だ。これも誕生日ボーナスといったところか。

「触って」

その小さく震える手をとり恭しく甲にキスを落して、片眉を上げて答える。
珍しく素直だし、いい加減焦らすのもやめますかね。

・・・自分のためにも。


もう一度唇に啄ばむようなキスを落として指を滑らせたそこは、布の上からでも十分に分かった。

「あっ!!」

ぬめりを塗り込むように、下着の上から数回指を往復させる。 次第に腰が揺れだしたのを見計らって、クロッチの脇から指を二本忍ばせた。 導かれるまま差し入れれば、蜜が音を立てて零れる。


「やっぱお前も興奮してんだ?こんな格好して」
「な、に言って・・・っ」
「ちなみに俺はすげー興奮してるぜ」
「ん、変なこと言わないでよ!あ、っ」

わざと音が立つように掻き回して、聴覚から煽ってやる。
すると香はわかりやすく反応をして、呆気なく気を飛ばしてしまった。
ちゃんとイッたことを確認して、すぐに刺激で引き戻す。敏感になっているのか、また二度目が近いことを感じとって一旦指を引き抜く。糸をひいてヌラヌラと光るそれを見えるように口に含んだ。

「汚い」
「汚くなんかねぇよ」
「僚の誕生日なのに、あたしばっか」
「バカ。お前はそんなこと気にしなくていーの」
「良くない。今日はあたしが、やるから」

香はそう言って上体を起こすと、まだ脱いでいなかった俺のシャツに遠慮がちに手をかけた。 緊張からか小さく震える手の振動が、わずかにこちら側にも伝わる。肌がピリピリとする。

「腕、上げて」

上擦る声に言われるままに腕を上げると、少々もたつきながら脱がされる。 その拍子に華奢な指が胸の突起を引っかいて、身体中を甘い電流が走った。 次にジーンズのボタンに手が掛かったが、なかなか上手く外れないことに焦れて俺が外してやると、怒られてしまった。

「あ、あたしがやるんだから!」

言ってる側からチャックも開けられないくせに。 そんな調子じゃ夜が明けちまうぞ。

「お尻、ちょっと浮かせて」

じれったい。
さっきからすぐそこに美味しそうな身体があるというのに、こちらから触ることも許されない。 やっとのことでジーンズを脱ぐと、そのまま俺に跨がった香に舌を差し込まれた。
お互いがお互いの頭を頭を抱えて、息つく間もなく夢中になる。 続けながらそろそろと香が手を伸ばした先は俺の中心で、暫く布の上を滑っていた手が遂に下着をずりさげた。
解放されたモノはびくびくと鼓動をしながら、腹までつかんばかりにそそり立つ。 冷たい手にソコが包まれて、思わずビクリと震わせた。

「ねえ、僚。あたし、どうしたら僚が気持ちいいのかわからない」

香の吐息が首筋を擽る。
唇を離した後すぐに俺の首に顔を埋めてしまったせいで、その表情を見ることは叶わない。

「だから、おしえて?」

身体を少し離し小首を傾げて問う姿はひどく幼く見えて、実際にその下で為されている行為とはひどく乖離したものに思われた。腰の奥のほうが、ずしりと重くなる。
鳥肌が立った。
香の一挙一動を逃さぬよう注意しながら、優しく手と言葉で先を促してやる。

―ああ、

こんなことがあっていいのだろうか。



「んっ・・・む・・・」

今まさに自分の股の間に居るこの女は、本当に香か?昼間、太陽の光を反射しながら溌剌と笑う、あの?

まさか。信じられない。
普段一番近くにいる俺が信じられないくらいだ、他のやつらが信じるはずもない。こんな、生々しい女。よもや自分から奉仕を進んでやるとは思うまい。純粋で、真っ白なこいつを、何者にも染まらぬよう、必死に守ってきたのに。
しかし、こう仕向けたのは紛れもない自分だ。


「やっぱり、だめ?」


眉を下げて口を離した香は、一息ついてそう問う。

違うさ

違う。


「俺、こんなに恵まれてて、いいのかな」

問いかけの答えにはなっていないけれど。足りない部分をひたひたまで満たされて、俺はいま確かに幸せだ。
体を起こした香が分からないといった様子でこちらをじっと見る。ピントを緩めてぼうっと遠くをみてから、今にも泣きそうな顔に焦点を合わせた。
いよいよ涙の零れそうな瞳を親指で拭って、脇腹から背中へ手を滑らせてそのまま抱き寄せる。


「今年も一年、なんとか生きて来れたな。ありがとう」

お前がいてくれたから。
これは声に出さなかったつもりだが、すぐに背中に回った腕がぎゅうと俺を締め付けて、肩口に何粒かの雫の感覚がしたあとにか細く聞こえた「私もよ」という言葉にどうでもよくなってしまった。聞こえていたのならそれでいい。

ああ。
こんなに隙だらけじゃ、誰に狙われたとしてもうっかり死んじまいかねない。でも、こんな気持ちなら、今のうちに殺されてしまってもいいかもしれない。

いやまてよ。
そうしたら一体誰がこいつを守る?
やっぱりまだまだ死ねない。上にいってからももう一度槇ちゃんに殺されちまう。



しばらく抱き合ったまま香の柔らかなくせ毛を弄んだり、お互い首筋に鼻をすり合ったりして体温を分け合った。
至る所に手を這わせ合って、笑いあって、感じあって。上下の唇を順番に食んでうっすらと開いた隙間に舌を差し込んで、絡ませて、吸って、噛んで。角度を変えて。自分の髪を華奢な両手が必死にかき乱すのを感じながら深く、深く。息継ぎに一度開放してやったら、ふやけた顔と目が合ってしまって。

「お前さあ、いま自分がどんなカオしてるか分かる?」
「ん?」
「まずいぜ、それ」

何か言おうとするのを言葉ごと飲み込んで、激しく貪りながら押し倒した。
それまでとはうって変わって、幾分余裕のないキス。切羽詰った愛撫。
二人の熱は急速に上昇していく。


いささか邪魔ではあるが、全て脱がしてしまうのはもったいないので上半身は必要最小限肌蹴させるに留めて、ここまできたら下半身も同様に、脱がせずずらして挿入した。
その様は非日常な特別感があってなかなかにエロい。
ゆるゆると揺らしてやればいつもより少し高い声が上がって、不規則に締まる。自分の腰に香の足が絡まると同時に、ぎゅうと中心も強く締め付けられた。自分の背中にまわった腕が、汗で滑って爪が立つ。

どれもこれも甘美な刺激。それに呼応してじんじんと下半身の疼きも高まっていく。

気が付くと、日付はとっくに変わってしまっていた。
しかしそれを言ってしまえば、それに気付いてしまえば、またいつもの香に戻ってしまうような気がして、ベッドからうっかり見えてしまうことのないように、俺はこっそり時計の位置をずらした。

inserted by FC2 system
inserted by FC2 system