ほんっと、バカ。
たいしたことないだなんて、見え透いた嘘なんかついて。

第一、その上気した顔にいまいち焦点の定まらない瞳、

「熱があるわね」
「たいしたこたぁねえよ」
「たいしたことあるわよ。今日は一日家で安静にすること!」
「はあ!?」

いつもの装いで街へ繰り出そうかとする僚を自室へ連れ戻す。
掴んだ左腕は確かにいつもより熱をもっているのだ、間違いない。

今だブツブツと文句を言う膨れっ面をベットに投げると、一度バウンドをして勢いよく倒れ込んだ。

「わあお、香ちゃんたら朝からダ・イ・タ・ン!」
「あほか!大体アンタ、鼻声じゃない。とにかく今日は休んで、しっかり治すのよ」

調子よくおどけている一方、聞こえる息遣いはいつもより荒い。

「とりあえず解熱剤、探してくるから。」
「香」

咄嗟に腕を掴まれる。
呟いたあたしの名前は、うまく声が出ずにかすれていた。

「行くな」
「なによ。ただ向こうの部屋に薬を取りに行くだけよ」
「行くな」

聞きわけの悪い子供みたいに、掴んだ腕を離さずにただ同じ言葉を繰り返す。

「どうしたのよ?」

あまりに真面目な顔で言うものだから渋々ベッドの淵に腰掛けると、強引に抱き寄せられた。その反動でギシギシとスプリングがなく。

「香」
「だからどうしたってのよ?」
「いや、別に・・・」
「なによ、それ」

普段より熱い胸に抱かれながら、抵抗するのも面倒で、大人しく目を閉じた。
ゆっくりと規則的に、上下する胸からはどきどきと僚の鼓動が聞こえて、意味もなく涙が滲んだ。


「もう少しだけ、このまま・・・、」

最後の言葉は尻切れトンボになって、僚はあたしを離さないまま、ベットの上で目を閉じた。
果たして僚の高い体温のせいなのかはわからないけれど、頭がぼうっとして突然に睡魔が襲う。
あたしは僚の腕の中で、誘われるように眠りについた。


***


らしくもない。
心細かった、なんて言うと情けないが、そうじゃないと言うと嘘になる。


「とりあえず解熱剤、探してくるから。」
「香」

一人にされるのが何故だか怖かった。今考えれば、熱に浮かされていたのかもしれない。

咄嗟に香の腕を掴んだ。

「行くな」
「なによ。ただ向こうの部屋に薬を取りに行くだけよ」
「行くな」

ぼうっとした頭の中で、それだけを繰り返した。
薬なんてどうでもいい。
今は数秒でも離れていたくない。

「どうしたのよ?」

わからない、といった顔で隣に座る香を、自分のもとへ引き寄せた。

「香」
「だからどうしたってのよ?」
「いや、別に・・・」
「なによ、それ」

自分より幾分低い体温と、ふわりと立ち上る香りを感じた瞬間、緊張の糸が切れたかのように身体に脱力感が湧いた。


「もう少しだけ」

いろいろと考えることが面倒になって、重たくなった瞼を素直に下ろす。ベッドに身体が沈むような感覚を覚えて、香の身体をもう一度抱き寄せた後、静かに眠りについた。


***


ライターの音で目が覚めた。煙草に火をつけたのだろうか。
薄目を開けると、ぼんやりと月に照らされて静かに煙草をふかす僚と目が合った。


「起きたか」
「う、ん。いま何時?」
「八時過ぎくらいじゃねえか?」
「うそ!?」
「ホント。」
「はあ、一日無駄にしちゃったわ。今日は掲示板を見に行くついでに特売に行こうと、って!」
「なんだあ?」
「あんた、熱は」

慌てて手を伸ばすと、額に届く前に手を掴まれた。それが気に入らなくてもう片方の手を伸ばしたら、またすんでのところで阻まれてしまった。

「何よ」
「いんや。もう平気だ」
「嘘。そう言ってやせ我慢して」
「してねぇよ」
「してるわよ。あたしはあんたのこと心配して」
「ああ。ありがとう」

ぱっと手を話してつっけんどんに言う。むこうに向いてしまった表情は確認できないけれど、大体どんな顔をしてるのかわかる。

素っ気ない態度をとるときは決まって

「照れてるでしょ」
「な、なにがだ馬鹿」
「なんで照れてるのよ?」
「うるせえ!」
「素直じゃないわね」
「お互い様だ」

煙草の煙を勢いよく吸い込んで、ひとり噎せて悪態をつく僚。
何を一人で焦ってるのよ。


「ねえ僚」
「ん?」
「今日はここで寝ていい?」
「今日も、だろ?」



振り返ってにやり。
ああ、その表情、反則。
ついさっきまで噎せてたバカはどこへやら。
新しい煙草に火を付ける僚にあたしはたまらなくなって、手を伸ばす。
僚はあたしが望んでいることが分かったのか、すぐに吸い殻を灰皿に押し付けて強く抱きしめてくれた。


「今日の香ちゃんはやけに大胆ね。僚ちゃん今夜が楽しみ」
「ばか」

ぎゅう、と力をこめたら倍の力で返される。今日くらいは、ね。


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