「僚・・・!」
「んあ?」
「う、ううん。なんでもないの」
「なんだあー?」
「いってらっしゃい」
今日もまた、大きな背中を見送る。
いつ見ても目には見えない、量り知れない何かを背負った、逞しい大きな背中。
僚は気付いている?
一人で僚の帰りを待つ私の気持ちを。
「あーあ、今日はクリスマスなのになあ」
間違えてもその気持ちを伝えるつもりはない。
いいや、出来ないと言ったほうがいいのかもしれない。
僚にこれ以上迷惑をかけたくはないから。
今にも決壊しそうな心のもやもやを吐き出すように、静かに溜め息をつく。
手持ち無沙汰な右手はテーブルの上を滑り、テレビのリモコンを探り当てた。
「ほんっとに能天気ねえ、日本人って。」
低俗な番組に、やんなっちゃう、と呟く。
暫くした後、テレビの電源を消してリモコンを放り投げた。
「ケーキぐらい、買ってくればよかったなあ・・・」
じわり、視界が滲む。
こんなこと初めてではないじゃない。アイツはいつもツケをつくって帰ってくる。
きっと、明け方には酒の臭いを撒き散らして・・・
「今日も、朝帰りだったら許さないんだから。あの馬鹿」
溜め息はすんでのところで飲み込んだ。
きっと、次に溜め息を出した時点で堰を切ったように泣いてしまうから。
ねえ、僚は気付いてる?
私はもう、僚なしじゃ生きていけないってことを。
「最後の一言は余分なんじゃねえの?」
「・・・っ、僚!?」
どのくらい経っていたのだろう。
いつものおどけた口調に、深い思考から引きずり戻される。
視線を移すと、 リビングのドアにもたれ掛かった僚がいた。
「ツケはつくってきてねぇから、怒鳴られる理由はないからな」
「どうして、こんなに早く・・・」
「出掛けにあんな顔されて上手い酒が呑めるかってんだよ」
「りょ・・・」
「代わりにお前には付き合ってもらうぜ」
二の句の告げられない私の前に、どすん、とシャンパンが置かれた。
「ほら、早くグラス持って来いよ」
「・・・あ、うん」
「香」
「うん?」
振り向きざま、抱きすくめられた。
動転する中で、今度はこんな手でからかうのかしら、騙されないわよ、と僚の表情を伺う。
そこに見えたのは、いつになく真剣な顔つきで。
早まる鼓動。
動揺する私。
もう一度見上げれば、漆黒の瞳に射抜かれた。
全身の、力が抜けていく。
それを感じ取ったのか、僚の腕は私を強く締め付けた。
「りょ・・・う、」
近づく僚の顔。
私は自然と目をつぶる。
次に続くはずだった言葉はあっけなく飲み込まれ、口の中で消えた。
「メリークリスマス、香」
プレゼントはないけれど、二人で盛大に祝おう。
来年も、再来年も。
そして、そのまた次の年も。
顔を離した二人を、名残惜し気に銀の糸が繋いだ。
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メリークリスマス!
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