日課の伝言板確認を終え、膨れ上がった買い物袋を提げて帰った家はもぬけの殻だった。



「あの、ばか・・・」



***


「僚」

「んー?」

「今日の晩は何がいい?」

「食えりゃなんでも」

「ちょっと、何それ」

「ぐふっ もっこりブロンド美女・・・お、こっちのコもいいな」

「もう!」



「・・・シチュー」



「わかった」


***


「はあ・・・」


PM22:00

これでもかと大量に作ったシチューはすっかり冷めてしまった。

「誰が食べたいって言ったのよ、誰が」


スプーンに映る歪んだ顔から目を逸らす。
目線の先でふとソファーの上のブロンド美女と目が合った。



「あたしだって、その気になれば」


「・・・」


「・・・、」



「お風呂入らなきゃ・・・」



―ちゃぷん


PM22:50



「はあ」


「もう一ヶ月依頼はないし」

「どっかの馬鹿は飲み歩くし」

「折角のシチューだって」

「あんたが食べたいって、」



「食べたよ」


「っ!」

気配に全く気づかなかった。
何食わぬ顔で身体を流し終え、よっこらと湯舟に入ってくる。


「あんた、今まで何処に」

「んー」

お湯がばしゃりと波立つ。
狭い湯舟に大男が更に追加されたせいで、淵からざあざあと流れ出てしまった。


「ああ、お湯が」

「ちょっと急用が入ってな」

「連絡ぐらい入れなさいよ」
むかつくけど、我ながらもっと可愛げのある返答ができたらいいのにな、と思う。思うけれど顔はきっとムッスリしてるし、声はいつもより低めだ。

「すまん」
「まったてたのよ」
「ああ」
「シチューだって作り立てが美味しいの、に」
「何でここで泣くんだよ」
「泣いてなんか、っ」
「泣いてるだろ」


後ろからぎゅう、と抱きしめられる。
湯舟に浸かっているせいなのか、はたまた僚の温かな体温のせいなのか、無防備にも涙腺が緩んでしまった。これじゃただの情緒不安定女だ。しかも文句ばかり垂れて足を引っ張り良いところは一つもない。結局いつも僚の懐に収まって甘えてばかりで、情けなくて消えたくなる。

「ばかあほあんぽんたん」

「湯ぐらい後で足せばいいだろ」

「そのことじゃないわよ」

「んとに、かわいくねーな」

「大きなお世話」



「・・・仕方ねえ、明日は久々に外食でもするかぁ」
「何言ってるの。大体どこからそんなお金が」
「香チャンはそんな心配しなくていいの」
「無駄遣い」

「んなこと言わずに。普段頑張ってる香を労う会ということで」
「なにそれ」
濡れ髪をくしゃくしゃと掻き回される。


「シチュー、旨かった」

「お世辞なんか」


言いながら嬉しくなって、
そんな単純な自分にちょっと辟易して、

でも、

「・・・嬉しい。ありがとう、僚。」
「こちらこそ」

首筋に感じる息遣いも、回わされた腕も、背中に感じる胸板も、全部。
ほっとして、少し人肌恋しくもなって。
すっかり腫れぼったくなった顔も気にせずに僚に向き直った。
「明日は楽しみにしてるわね。今度すっぽかしたら息の根を止めるわよ」

それと、―


びっくりした後に、不意に優しく目を伏せる表情がすごく好き。
あったかくて、ほっとする、すべてを包み込むような


PM23:15

都会の喧騒から切り離された、二人だけの時間



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